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asya:
ぎんぎんに反りたった上司のチンコ / 羽月希
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asya:

ぎんぎんに反りたった上司のチンコ / 羽月希

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生歌で歌った方が魅力的であれば支持しますが、
そうでなければ口パクでもよいです。

最終的に形になったものが面白ければ、何だって良いと思います。
Perfumeや音楽に限らず、あまたの創作物はそうであるべきだと思います。
lemonjuice1223:

Perfume LOCKS!
tnoma:

DSC02802.JPG (by masakiishitani)

流石にあれは堪えた。CXSMAP×SMAP」110207 の「ビストロSMAP」ゲスト出演における、Perfumeのライブの定番である「PTAのコーナー」披露の事だ。




Perfumeのブレイクとともにライブ会場の規模が加速度的に巨大化していく、そんな中で、維持して行く事が難しくなった「ライブにおける一体感」を補完するものとして、西脇さんが大ファンであるaikoの持ちネタを借りて始まった「コール&レスポンス」、という経緯があるがゆえに、その延長線上の、些か過剰で悪乗りすら感じさせる演出もなんとか生温かく見守って来れた、という思いは皆あるだろう。


しかし、現在の「PTAコーナー」の内容は、完全に「西脇幼稚園」、大の大人達に向かって直球の幼児向けのお遊戯を要求し、ファンもそれに服従しついていくという羞恥プレイ極まりないものである。

それでも、それがライブの佳境の熱狂の中であり、周りにいる人達は皆Perfumeを目当てにライブを観に来た西脇教信者、つまり共犯者である、だからこそ、羞恥プレイも甘んじて受け入れ、皆でその下らなさと情けなさと恥ずかしさを、西脇教祖が煽っているから、という一点のみによって服従し、共有し合うとこで成り立つ、最早「コール&レスポンス」などとは別次元の、変態的な域にまで達した、言わば穴兄弟的一体感を演出するに到る狂気すら孕んだこのコーナーを、ファンは甘んじて受け入れてきた。


しかし、ライブの佳境、本編ラストに向かって盛り上がる直前の流れで、西脇さんと信者の間だけで行われる、密室の変態的な秘め事、それを「ライブでやっているワンコーナーです」と、普通に全く素面の赤の他人、それもSMAPの看板番組の視聴者ような、Perfumeに全く興味のないお茶の間の大衆に対して晒してしまう事が、どれだけファンにとって恥辱極まりない事であるか。あの場面の空気を思い出すだけで鳥肌が立つ。


仮に自分が仕事帰りにある種の恥辱を演出してくれる店に立ち寄って悦楽を得るようなタイプの人間であっても、「こういうのが好きなんでしょ」などと、普段の職場や家庭にそれを持ち込まれるなど言語道断だ。あのような幼稚なコーナーは、西脇さんとファンだけの密室で、かつライブの佳境の熱気の中だからこその、「共犯的信頼関係」の中で成り立つものであって、おいそれとテレビでお茶の間に晒すようなものではない。「可愛くてお洒落でかっこいい」と紹介される様な彼女達の立ち位置、そしてその彼女達のファンである事、ファンはどちらも気に入っている。その信頼関係をぶち壊すような、自分達の秘めた性癖を、平和なお茶の間でばらされる様な事態は、流石に堪える。

Perfumeのファンってあんな事で喜んでるの?」と、事情を知らない世間の人々に思われる事が、どれだけ情けない事か。自分と自分のパートナーだけが知っている、二人の間の特別な性癖を、他所でペラペラと暴露されている様な、そんな事に穏やかな顔でいろと言うのだろうか。




自分はとっくについて行く事を放棄したあのコーナーだが、ライブであのコーナー自体をやめろとまでは言わない。彼女達も、一体感を演出する場として重要なものと考えているのだろうから。ならばせめて、あのコーナーは、Perfumeがファンと向き合う場だけに留めておいてはもらえないだろうか。これは、とても下らないけれど、とてもセンシティブな問題である事を、理解してもらえないだろうか。

Perfumeとファンとの間の秘めたる性癖をお茶の間にバラされる恥辱について - Aerodynamik - 航空力学

読むと心が痛くなるけど、ライトなパフュファンの友人は「ライブだからでしょ。別になんとも思わなかった。」と言っていた。

(via tubapr)
edieelee:

500px / Photo “Dramatic Sunset” by Larry Landolfi
lemonjuice1223:

cho51ate:

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お気に入りのアングル

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お気に入りのアングル

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【3次元】日本の里画像集めようぜ。 カナ速

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【3次元】日本の里画像集めようぜ。 カナ速

tnoma:

delorean:

7、8日は、広島大大学祭でEVデロリアンを展示しておりました。初日こそ準備不足もあって訪問客は少なかったものの、学生さんたちが対策を講じてくれたおかげで(ポスター&チラシを作ってメーン会場辺りで配布)2日目は大盛況。質問してきた方に説明したり、合間にデモ走行会をしたりして、気付いたら1日中喋ってました。ま、それだけ楽しかった証拠ですね。
今回は助手席側のガルウイングを閉じて展示しました。寒くなってきたので助手席側のダンパーの効きが悪くなり、下がってきちゃうんですよ。でもお陰で、展示中のシルエットはこの方がいいと発見しました。次からはこのポーズでいきます。
いろんな方から「ブログ見てます」と声もかけていただき、妙に嬉しかったですね。会場への来客も2件。お一人は、随分前からメールで応援して下さっていた愛知のベンチャー企業家。いかに苦労して作ったか、実車を見て納得されたそうです(わははw)。もう一人は東海テレビの方で、前に取材を受けた向井記者の上司。「どうしてもこの目で見たい」と、わざわざ来てくださいました。遠いところ、ありがとうございます。
1つ悲しいことに、今回も車体の傷が増えていました。うーん、ステンレスだから相当強く引っ掻かないと傷は入らないはずなんだけど。。。嫌だけどトヨタ博物館にあるデロリアンのように、車は触れないようにしないといけないのかなぁ。ちょっと悩んでます。

tnoma:

delorean:

7、8日は、広島大大学祭でEVデロリアンを展示しておりました。初日こそ準備不足もあって訪問客は少なかったものの、学生さんたちが対策を講じてくれたおかげで(ポスター&チラシを作ってメーン会場辺りで配布)2日目は大盛況。質問してきた方に説明したり、合間にデモ走行会をしたりして、気付いたら1日中喋ってました。ま、それだけ楽しかった証拠ですね。

今回は助手席側のガルウイングを閉じて展示しました。寒くなってきたので助手席側のダンパーの効きが悪くなり、下がってきちゃうんですよ。でもお陰で、展示中のシルエットはこの方がいいと発見しました。次からはこのポーズでいきます。

いろんな方から「ブログ見てます」と声もかけていただき、妙に嬉しかったですね。会場への来客も2件。お一人は、随分前からメールで応援して下さっていた愛知のベンチャー企業家。いかに苦労して作ったか、実車を見て納得されたそうです(わははw)。もう一人は東海テレビの方で、前に取材を受けた向井記者の上司。「どうしてもこの目で見たい」と、わざわざ来てくださいました。遠いところ、ありがとうございます。

1つ悲しいことに、今回も車体の傷が増えていました。うーん、ステンレスだから相当強く引っ掻かないと傷は入らないはずなんだけど。。。嫌だけどトヨタ博物館にあるデロリアンのように、車は触れないようにしないといけないのかなぁ。ちょっと悩んでます。

今の30代が生まれたのは、1970年から1979年です。親は高度経済成長を支えた世代であり、がんばるほど明日が豊かになるという実感を持って生きてきました。ローンを組んで家を建て、将来の昇給をあてにできた世代です。

一方その子供たち、今30代を迎えている人々は、1990年ごろのバブル崩壊を10代で迎えています。このタイミングはなかなか絶妙でした。不景気になり始めたころ高校や大学に通い、いよいよ社会に出ようという90年代後半には不景気が本格化していました。

「就職氷河期」は1994年の流行語大賞で、この年に就職活動をしている大学生は(浪人してなければ)1971年生まれ、いま38歳です。

親は高度経済成長世代、先輩はバブル世代で、不景気な社会でのロールモデルにはなりません。今の30代は、すっかり不景気になった社会へ出てきた最初の世代になりました。景気がよい時代に社会に足場を築いておくことができず、といって社会へ出る前から不景気を前提にした準備もできなかった世代です。

そしてそのまま、年を取るのに合わせ、その場その場で生き方を探っていくことになりました。

自分が生まれた年の、親の年齢を計算してみるとびっくりします。30代で家を建てて子供(つまり自分)もいるのがふつうですが、今の30代ならば成功した人でないと家を建てるなど無理でしょう。

でも当時の子供の多くは漠然と、努力次第で自分も大きくなったら父親のようにサラリーマンとして会社勤めをし、終身雇用に支えられながら、30代になったら郊外の新築に住むことができると考えていたのではないかと思います。少なくとも自分はそうでした。

このような、将来像と現実とのギャップが最も大きい世代が、今の30代なのだろうという考えに至りました。

だからこそ、あるべき姿になれていないことを自分の責任と感じてしまう傾向が強く、安易に「助けて」と言うことに抵抗が強いのではないかと考えています。